ライフサイエンス領域融合レビュー

エキソソームの形成の過程および医療への応用

2018/08/31
小坂展慶1・落谷孝広2
1国立がん研究センター研究所 分子細胞治療研究分野,2東京医科大学医学総合研究所 分子細胞治療研究部門)
email:小坂展慶落谷孝広

領域融合レビュー, 7, e007 (2018) DOI: 10.7875/leading.author.7.e007
Nobuyoshi Kosaka & Takahiro Ochiya: Biogenesis and its therapeutic application of exosome.

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要 約


 エキソソームは細胞から分泌される脂質二重膜からなる小胞である.1980年代に発見されてから現在までの多くの研究により,細胞のあいだを移動しさまざまな分子を輸送することがわかってきた.その形態的な特徴により,タンパク質ばかりでなく,核酸,糖質,脂質など,多くの生理活性分子を含む.細胞のあいだの相互作用において,生理学的および病理学的な機能に注目があつまっており,エキソソームを標的とした疾患の新規の診断法および治療法も示されている.このレビューにおいては,エキソソームの研究の歴史を紹介するとともに,エキソソームの形成および分泌の機構を解説し,疾患とどのように関係するのか治療にむけた今後の展望について論じる.

はじめに


 1980年代ごろから,さまざまな細胞が小胞を分泌することが観察されていた.これらの小胞は大きさや細胞からの起源により,exosome,ectosome,microvesicle,shedding vesicle,oncosome,prostasomeなど,さまざまな名称でよばれた.しかしながら,これらの呼称は定義もあいまいであり,単離法も十分に確立されているとはいえない.そのため,小胞の国際的な研究学会であるInternational Society for Extracellular Vesicles(ISEV)では,これら細胞から分泌される小胞の総称としてextracellular vesicle(細胞外小胞)の使用を推奨している.
 現在,この定義もあいまいな細胞外小胞がさかんに研究されている.その理由として,つぎの2つがあげられる.ひとつは,さまざまな細胞が細胞外小胞により細胞のあいだで相互作用することである1).多細胞生物にとり個体を構成する多くの種の細胞どうしが協調してはたらくことが重要であり,細胞のあいだの相互作用により生体の機能は維持される.すでにその存在がよく知られていたホルモン,サイトカイン,ケモカインなどの分泌タンパク質や細胞接着分子にくわえ,さまざまな生理活性物質を含む細胞外小胞の存在は多彩な生命現象の解明の糸口となる.また,これらの細胞のあいだの相互作用の破たんは疾患につながる.そのため,細胞外小胞のかかわる細胞のあいだの相互作用の研究は,疾患の新たな治療法の開発につながると考えられる.
 もうひとつは,細胞外小胞の形態および存在場所にある.細胞外小胞はタンパク質,核酸,糖質,脂質といったさまざまな生理活性物質を含む.さらに,血液をはじめ,唾液,髄液,尿などの体液に安定に存在することから,生体における細胞外小胞の解析は病態を知る手がかりとなり,疾患の診断法および治療法への応用が期待される.さらに,細胞外小胞は由来する細胞によりその構成成分が大きく異なり,さまざまな疾患において特徴的な細胞外小胞の存在が明らかにされつつある.そのため,これまでの細胞組織検査に代わる非侵襲的な検査への利用をみすえた研究が進められている.
 このレビューにおいては,細胞外小胞のうち,とくにエキソソーム(exosome)に注目して紹介する.エキソソームの研究の歴史の紹介から,その形成および分泌の機構,そして,疾患との関係について,筆者らによる,がんにおける研究を中心に解説する.

1.細胞外小胞の研究の歴史


 1983年,脂質二重膜からなる100 nmほどの小胞が網状赤血球から分泌されることが発見され2),エキソソームと名づけられた3).ヒツジの赤血球が成熟する過程において,トランスフェリン受容体を含む小胞の分泌が見い出されたのである.当時,このエキソソームにタンパク質を積み込み細胞から分泌することの意義は,細胞にとり不要になったものを排出することだと考えられた.しかし,のちの免疫細胞を用いた研究において,エキソソームは機能をもつことが明らかにされた4).樹状細胞に由来するエキソソームの表面にはMHCクラスI分子およびMHCクラスII分子が存在し,抗原の提示が可能であることが示されたのである5).この系を応用した新たながんの免疫療法として,エキソソームを用いた無細胞性のがんワクチンが開発され,フランスにおいて臨床試験が実施された6).また,エキソソームの発見の以前に,prostasomeと名づけられた40~500 nmほどの脂質二重膜からなる小胞が報告されている7).現在では,prostasomeは前立腺上皮細胞から分泌され,酸性下における精子の保護および運動能の獲得に寄与すると考えられており,前立腺上皮細胞が分泌するエキソソームと同義と考えられている.
 1990年代にはエキソソームは機能をもつ小胞であることが判明していたが,解析の技術が十分に確立されていなかったこともあり,長いあいだ,エキソソームは細胞にとり不要なものを詰めて外に捨てるためのゴミ袋だと考えられてきた.しかし,2007年,エキソソームはmiRNAおよびmRNAを含み,それらは細胞のあいだを輸送されることが明らかにされた8).さらに,筆者らを含む3つの研究グループにより同時に,エキソソームに含まれるmiRNAは細胞のあいだを輸送され,輸送されたさきの細胞において機能することが明らかにされた9-11).同じころには,血液に存在するmiRNAを疾患の診断法に利用するという論文が発表されており,これ以降,エキソソームに関する論文の数が飛躍的に増加した.

2.エキソソームを構成する分子


 エキソソームは細胞と共通した構造をもつ.脂質二重膜からなり,細胞膜タンパク質や細胞内タンパク質が存在し,さらに,DNA,mRNA,miRNAがといった核酸が含まれる(図1).しかし,細胞とエキソソームとのあいだで脂質の比率は異なる12).前立腺がん細胞株であるPC3細胞に含まれる脂質およびPC3細胞から分泌されたエキソソームに含まれる脂質を解析した結果,エキソソームにおいてはコレステロール,スフィンゴ糖脂質,スフィンゴミエリン,ホスファチジルセリンの割合が高くなっていた.また,細胞に含まれるタンパク質とエキソソームに含まれるタンパク質とでは,その種類や比率に差異がある.エキソソームに含まれるタンパク質は細胞にてエキソソームが形成される過程において積み込まれるため,細胞に発現していないタンパク質はエキソソームにも含まれない.しかし,細胞に発現しているタンパク質でも,エキソソームに選択的に積み込まれるタンパク質および積み込まれないタンパク質が存在し,いわゆる,タンパク質のエキソソームへの選択的な積み込みの存在が明らかにされている.筆者らは,エキソソームに含まれるタンパク質,とくにエキソソームのマーカーとされている11種類のタンパク質の発現を9種類の細胞株においてウェスタンブロット法により解析した13).単位タンパク質量あたりの含有量を細胞とエキソソームとで比較したところ,解析した9種類の細胞株すべてにおいてCD9およびCD81はエキソソームに濃縮されていた.また,アクチンはエキソソームに比べ細胞のほうに多く含まれた.さらに,低分子量GTPaseであるRab5bや脂質ラフトのマーカーであるFlotillin-1は,細胞株によってはエキソソームに濃縮されていたが,エキソソームにはほとんど含まれない細胞株もあった.このように,細胞におけるタンパク質のプロファイルがすべてエキソソームに反映されるわけではない.



 エキソソームの発見まで,細胞のあいだの核酸の輸送に関する報告は,一部の特殊な例を除きあまりなかった.たとえば,アポトーシスを起こした細胞から分泌されるアポトーシス小体にはDNAの断片が含まれており,ほかの細胞に移動することが報告されている14,15).そののち,ES細胞に由来するエキソソームにmRNAが含まれ,造血前駆細胞へと輸送されることが明らかにされた16).そして,2007年,エキソソームにmiRNAが含まれることが発見され,エキソソームの研究のブレイクスルーとなった8).miRNAは,1993年,線虫において標的となるmRNAの3’側非翻訳領域に結合し翻訳を抑制することが報告され,そののち,哺乳動物においてもmiRNAが発見されて,現在,ヒトにおいては2000種類以上のmiRNAの存在が明らかにされている.1種類のmiRNAが複数の種類のmRNAの発現を制御することから,miRNAが細胞における遺伝子発現の制御に重要な分子であることは明白である.それゆえ,miRNAを含むエキソソームが分泌されることには大きなインパクトがあった.このエキソソームにおけるmiRNAの発見ののち,エキソソームに含まれるmiRNAは周囲の細胞へと輸送されるのか,そして,輸送されたさきの細胞においてどのような役割をもつのかが研究の焦点になった.さきにも述べたように,筆者らを含む3つの研究グループにより同時に,エキソソームに含まれるmiRNAの機能の解析につき報告された9-11).miRNAがエキソソームにより細胞のあいだを輸送されることが明らかにされたのである.

3.エキソソームの形成および分泌の機構


 エキソソームは,エンドソームに由来する細胞から分泌される小胞と定義づけられている.エキソソームの形成は,エンドサイトーシスにより細胞膜に存在する受容体をまき込みながら初期エンドソームが形成されるところからはじまる.つづいて,初期エンドソームは後期エンドソームへと移行し,この後期エンドソームが内側にくびれて腔内膜小胞(intraluminal membrane vesicle:ILV)を形成する.そののち,腔内膜小胞を多く含む多胞性エンドソーム(multivesicular body:MVB)が細胞膜と融合し,細胞から放出される.この細胞から分泌された小胞をエキソソームとよぶ(図2).以下,エキソソームの形成および分泌にかかわる分子について解説する17)



 エキソソームの形成には,ESCRT(endosomal sorting complex required for transport)に依存的な経路と非依存的な経路とが存在する(図3).ESCRTに依存的な経路は,ESCRT-0複合体,ESCRT-I複合体,ESCRT-II複合体,ESCRT-III複合体の4種類のタンパク質複合体,および,それと結合するタンパク質から構成される.ESCRT-0複合体がユビキチンに依存的にタンパク質をリクルートし,ESCRT-I複合体およびESCRT-II複合体により小胞が出芽し,ESCRT-III複合体により小胞は分離される.また,ATPaseであるVPS4が小胞の分離およびリサイクリングにかかわる.さらに,樹状細胞に由来するエキソソームにはESCRT複合体と結合するタンパク質としてTSG101およびALIXが存在する.TSG101の発現を抑制することによりエキソソームの分泌が抑制される.ESCRT-0複合体の構成タンパク質であるHRSもエキソソームの分泌に必要である.ESCRT-3複合体と結合するALIXは腔内膜の形成を促進する.これらのタンパク質すべてが本当にエキソソームの形成にかかわるかどうかは細胞により異なると考えられている.



 ESCRTに非依存的な経路も存在する.たとえば,オリゴデンドログリア細胞においては,ESCRTに依存的な経路を阻害してもエキソソームが分泌される.このとき,スフィンゴ脂質の一種であるセラミドを産生する中性スフィンゴミエリナーゼを阻害することによりエキソソームの分泌は阻害された18).また,多胞性エンドソームの重要な構成脂質であるコレステロールの蓄積によりエキソソームの分泌は促進された.また,細胞膜を4回貫通する構造をもつ膜タンパク質のファミリーであるテトラスパニンについて,CD9,CD63,CD81がエキソソームへのタンパク質の積み込みにかかわる.実際に,テトラスパニンは多胞性エンドソームにて腔内膜小胞に多く存在し,テトラスパニンのひとつであるTSPAN8およびCD81はエキソソームへのタンパク質の積み込みにかかわる.また,分子シャペロンもESCRTに非依存的にエキソソームの分泌にかかわり,HSC70はトランスフェリン受容体といった特定のタンパク質を腔内膜小胞に取り込ませる.これら複数の機構の存在は,ひとつの細胞において異なる種類の複数の多胞性エンドソームの存在を仮定することにより説明される.最近のエキソソームの詳細な分離およびプロテオーム解析により,エキソソームには不均質性の存在することが再確認された.また,免疫細胞およびがん細胞において,これらのヘテロなエキソソームがそれぞれ異なる機能をもつことも示された.エキソソームの不均質性を意識しつつ,複数の機構を解明することが重要であろう.
 エキソソームの分泌にかかわるタンパク質としてRABファミリーがある.低分子量GTPaseであるRABファミリーは,小胞の形成,細胞骨格にそったオルガネラの移動,標的となる部位への結合,細胞膜への融合など,細胞での小胞輸送において中心的な役割を担う.エキソソームの分泌の過程には,RAB11 19) およびRAB35 20) がかかわる.また,HeLa細胞におけるRABファミリーのスクリーニングにより,RAB27AおよびRAB27Bがエキソソームの分泌にかかわることが明らかにされた.一方,RAB11AおよびRAB7の発現を抑制してもエキソソームの分泌は減少しなかった21).RAB27Aによるエキソソームの分泌の促進は,メラノーマ,乳がん,扁平上皮がんにおいても確認されており,それぞれ,がんの悪性化にかかわることが示されている.一方,乳がん細胞株であるMCF細胞から分泌されるシンテニンやALIXを含むエキソソームはRAB7により制御される.これらのRABファミリーは多胞性エンドソームの細胞膜への結合にかかわると考えられているが,実際に,どのタンパク質がエキソソームの分泌にかかわるについては細胞により異なると考えられている.一方で,RABファミリーについては,ほかの機能についても考慮する必要がある.たとえば,マウス乳がん細胞株である4T1細胞においては,RAB27Aの発現を抑制することによりMMP9の分泌が抑制される22).また,同様な現象がメラノーマ細胞におけるPLGF2,PDGF-A,オステオポンチンにおいても報告されている23).もともと,エンドソーム経路は細胞外タンパク質を分泌する機構として知られている.エキソソームも,これらの分泌タンパク質と同じように細胞のあいだの相互作用を担うため,同時に分泌されることは自然なことではあるが,研究においては留意する必要がある.
 エキソソームの形成を制御するタンパク質についての報告もある.がん抑制遺伝子産物であるp53は,p53遺伝子の下流遺伝子であるTSAP6遺伝子を介してエキソソームの分泌にかかわる24).実際に,TSAP6ノックアウトマウスはエキソソームの分泌の減少により細胞にトランスフェリン受容体が蓄積し,異常に成熟した網状赤血球が生じるため小赤血球性貧血の症状を呈する25).p53の下流にエキソソームの分泌があることは,エキソソームの分泌が生理学的に制御されているひとつの証拠ともいえる.

4.がんの悪性化におけるエキソソームの役割


 エキソソームに含まれるmiRNAが細胞のあいだを輸送されることが報告されて以来,エキソソームの研究が活発になった.とくに,エキソソームの分泌量が多く培養が容易ながんの研究分野において,エキソソームにかかわる報告があいついだ.免疫疾患,循環器疾患,神経疾患と,多くの疾患においてエキソソームの重要性が理解されているが,このレビューにおいては,とくにがんの研究について解説する
 非常に速く分裂するがん細胞にとり,栄養を獲得しつづけることは生存に必須であり,がん細胞は腫瘍に血管を新生することにより多くの栄養を獲得している.筆者らは,がん細胞から分泌されるエキソソームが腫瘍に血管を新生させることを明らかにした26).がん細胞からのエキソソームの分泌を抑制することにより血管は新生されなくなり,結果的に,がんの転移は抑制された.一方,がん細胞は免疫細胞をつねにだましつづけることにより生存するが,がん細胞を真っ先に排除するナチュラルキラー細胞は,がん細胞から分泌されるエキソソームにより活性化に必要なNKG2Dの発現が抑制され,その結果,がん細胞は免疫機構からのがれている27).また,がん細胞から分泌されるエキソソームは正常な線維芽細胞に作用し,がんに関連する線維芽細胞へと分化させる28)
 卵巣がんは進行すると腹部にがんが広がる腹膜播種が生じることにより治療が困難になる.この腹膜播種についてはさまざまな分子機構が提唱されているが,がん細胞から分泌されるエキソソームも貢献する.卵巣がんにおいてがん細胞から分泌されたエキソソームは腹膜の中皮細胞に取り込まれアポトーシスをひき起こす.これにより腹膜に穴が空き,がん細胞の腹膜播種が成立すると考えられる29).同じように治療の困難ながんの転移として,脳への転移があげられる.脳には血液脳関門とよばれる障壁が存在し,栄養素のほかの物質の脳への自由な移動は制限されている.しかし,がん細胞はこの障壁を突破し転移を成立させる.この機構にもエキソソームがかかわる.筆者らは,脳に転移性の乳がん細胞株を用いて,エキソソームが血液脳関門を形成する細胞のひとつである血管内皮細胞の構造を変化させ,すき間をつくることよりがんの転移を成立させることを明らかにした30)
 乳がんは再発リスクが5年~10年と長期にわたることが知られている.そのモデルのひとつとして,がん細胞が骨髄に侵入し長期間の休眠に入るという機構が提唱されている.筆者らは,骨髄の間葉系幹細胞のエキソソームががん細胞の休眠を促進することを明らかにした31)
 がん細胞が転移するまえに,原発巣から転移さきの臓器に作用しがん細胞が生存しやすいような環境を整備するというseed and soil仮説があり,その際に整備される環境のことを前転移ニッチとよぶ.がんの大きな問題点である転移の抑制を考えたとき,seed and soil仮説の分子機構の解明は非常に重要である.最近,エキソソームがこの前転移ニッチの形成にかかわることが報告された.メラノーマは肺へと転移しやすいが,転移性のメラノーマ細胞に由来するエキソソームをマウスに投与すると,前転移ニッチの形成の初期段階の現象と考えられている肺における血管内皮細胞の透過性が促進された.このとき,前転移ニッチの形成にかかわる多くの遺伝子の発現も上昇していた.さらに,マウスにメラノーマに由来するエキソソームを投与したのちメラノーマ細胞を移植すると,メラノーマの転移が促進された.このとき,メラノーマ細胞に由来するエキソソームが骨髄の細胞に作用し,この骨髄の細胞が転移巣である肺へと移動し前転移ニッチを形成していた23).では,なぜこのエキソソームは特定の細胞あるいは臓器に移動するのだろうか.これに関して,エキソソームに存在するインテグリンの発現パターンの違いによりエキソソームを取り込む細胞が変わり,結果的に,臓器の特異的な前転移ニッチの形成が促進されることが見い出された32)

5.がん細胞に由来するエキソソームを標的としたがんの治療


 これまでの研究により,がん細胞に由来するエキソソームの分泌を阻害することにより,がんの転移は抑制されることがわかっている33).エキソソームの分泌の抑制は非常に魅力的なアプローチであるが,がん細胞以外の細胞もエキソソームを分泌しさまざまな生理作用にかかわることから,これらをまとめて抑制することは,思わぬ副作用が生じる可能性もあり慎重になる必要がある.そのため,がん細胞といった疾患に特異的なエキソソームの分泌の機構を明らかにし,それを標的とした治療法を確立する必要がある.エキソソームの分泌の機構についてはまだ不明瞭であるが,がん細胞は正常な細胞と比べエキソソームの分泌量が明らかに多い.このことからも,がん細胞におけるエキソソームの分泌の機構は正常な細胞とは異なると考えられる.そのため,がん細胞におけるエキソソームの分泌にかかわる分子を同定し標的とすることが,このアプローチによる治療の実現にむけた第一歩になる.
 がん細胞から分泌されたエキソソームは血液を循環する.そこで,この血液に存在するがん細胞に由来するエキソソームを除去する方法が提案されている.筆者らは,ヒトのがん細胞をマウスに移植し,エキソソームに存在するヒトCD63あるいはヒトCD9を標的とする抗体を投与したところ,乳がん細胞株の転移が有意に抑制された34).このとき,がん細胞に特異的なエキソソームの抗原を標的にしたのではなく,CD63やCD9はがん細胞のみならず正常な細胞に由来するエキソソームにも存在する.正常な細胞から分泌されるエキソソームを阻害すると重篤な副作用の生じることが考えられるため,実際の臨床の現場において抗CD63抗体や抗CD9抗体は使用できない.しかし,今後の研究の展開により,がん細胞に由来するエキソソームに特異的に存在する抗原が同定されれば,このアプローチは非常に有効であろう.

6.エキソソームを用いたがんの診断法の開発


 エキソソームはヒトの体液のほぼすべてに検出されることから,バイオマーカーとしても注目されている.生体のほとんどの細胞はエキソソームを分泌しており,分泌されたエキソソームは周囲の細胞に取り込まれるものもあれば,体液を循環するものもある.エキソソームをがん細胞のバイオマーカーとして用いるためには,さまざまな細胞から分泌されたエキソソームのなかから,がん細胞が分泌したエキソソームだけを特異的に検出し測定することが必要になる.現在,エキソソームの検出には,超遠心法によりエキソソームを回収したのちウェスタンブロット法などを施行する必要がある.さらに,生体試料などの夾雑物が多く含まれる試料においてはエキソソームの純度を高める精製法が必要となる.近年ではフローサイトメーターを用いた検出法も開発されているが,この場合もエキソソームを精製する必要があり,また,エキソソームのような数百nmの微粒子は測定がむずかしいため臨床検査には不向きである.
 筆者らは,生体試料から直接かつ短時間で多検体のエキソソームを検出する方法の開発に取り組み,ExoScreen法を考案した35).この方法は,エキソソーム膜に存在するタンパク質を異なる修飾をもつ2種類のモノクローナル抗体によりはさみ込み,この2種類の抗体が200 nm以内に近接した場合のみ蛍光シグナルが発しエキソソームの検出が可能になるものである.さらに,がん細胞に由来するエキソソームのみを検出するため,がん細胞に由来するエキソソームに特異的あるいは大量に含まれる物質を標的とし,エキソソームの形状を損なわずに検出することを考えた.このExoScreen法を用いることにより,簡便かつ迅速に多検体の処理が可能である.実際に,この方法を用いて,細胞培養の上清に含まれるエキソソーム,および,血清に含まれるエキソソームが未精製の状態から検出された.さらに,がん細胞に由来するエキソソームを検出するため,がん細胞が分泌するエキソソームに特異的に存在するタンパク質を同定し,現在,血清に含まれるがん細胞に由来するエキソソームの検出を試みている.
 詳細は述べないが,エキソソームに含まれるmiRNAもバイオマーカーとして注目されており,血液に分泌されたmiRNAの診断への有用性が多く報告されている.

おわりに


 エキソソームの発見から30年近くが経過した現在,多くの研究者がエキソソームのもたらすさまざまな生命現象に興味をひかれ研究に取り組みはじめた.また,エキソソームによる新規の治療法や新たなバイオマーカーとしての利用に期待が高まっており,臨床への応用へむけ試行錯誤が進められている.しかし,たとえば,エキソソームの分泌の機構には複数の経路が存在するのか,エキソソームにはどのようにタンパク質やmiRNAが取り込まれるのかなど,不明な点も多い.さらに,輸送されたさきの細胞への取り込みの機構についても不明な点が多く,その際にかかわる分子や指向性など,詳細を理解することが今後のさらなる発展に重要である.エキソソームは複数の分子からなる複合体であり,また,細胞種や細胞のおかれている環境により分泌されるエキソソームが変わる.エキソソームの単離法に関しても検討が必要とされている.エキソソームの基礎的な研究は,がんの新たな診断法および治療法につながる.また,がんのほかにも,神経疾患や循環器疾患など,多くの疾患においてエキソソームの存在が重要視されている.これらの疾患においても新たな診断法および治療法の開発を期待している.

文 献



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著者プロフィール


小坂 展慶(Nobuyoshi Kosaka)
略歴:2008年 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程 修了,同年 国立がんセンター研究所 研究員,2014年 英国Oxford大学 研究員を経て,国立がん研究センター研究所 特任研究員.
研究テーマ:細胞外小胞の分泌の機構の解明および疾患の治療への応用.

落谷 孝広(Takahiro Ochiya)
東京医科大学医学総合研究所 教授.

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